こんなときは、お金出してまで借りないのを選ぼう(なんという失礼な暴言・・・)と、ずいぶん悩んだ末に、借りたのがこれです。

「日本のいちばん長い日」
2015年 松竹作品 原田眞人監督
当店のブログをお読みくださる方ならご存知でしょうけれど、ポツダム宣言発表から宮城事件、そして玉音放送までの緊迫の日々を描いたノンフィクション風ドラマ。
原作は半藤一利で、最初に映画化されたのは1967年、岡本喜八監督がメガホンを取りました。
2015年版(以下原田版といいます)はリメイクです。
実は昨年の夏、戦後70周年ということで岡本版がテレビで放映されたのを録画したまま、見る機会なく放置していたのです。
それで、いい機会だから両方見比べてみよう ってなわけです。
こちらは岡本喜八版 東宝作品 1976年

【ストーリー】
上映時間は岡本版157分、原田版136分で、岡本版がちと長い。
ただ、時間配分はずいぶん違う。
岡本版は、7月26日、日本側がポツダム宣言を受信するところから始まり、8月14日、日本の敗北が最終決定される御前会議がまさに始まろうとするところで、はじめてタイトルバック「日本のいちばん長い日」がバーンっと出てくる。

ここまでで約30分。
長い「前ふり」だったのですね。
いっぽう原田版は昭和20年4月の鈴木貫太郎内閣誕生から始まり、順を追って進んでいく。8月14日午前の御前会議までで約1時間強。
つまり、「日本のいちばん長い日」とは昭和20年8月14日昼ごろから15日正午のことであるとすれば、岡本版は約2時間をここに費やし、原田版は1時間ということになる。
岡本版はタイトル通り「日本のいちばん長い」1日にフォーカスした作品。
いっぽう原田版は8月15日に至るまでの背景や人間関係を追うほうに重きを置いている感じですね。
そうしないと21世紀の観客には解りづらいからでしょうね。
その分、岡本版に出てくる3つのエピソード、すなわち、厚木基地の不穏な動き、もはや敗戦が決定しているのを知らされずに次々に出撃していく特攻隊、鈴木首相襲撃を企てる佐々木武雄大尉、はカットされました。
佐々木大尉のエピソードだけは松山ケンイチ出演でちょっぴり出てきましたが・・・
佐々木大尉に半ば強制されて襲撃に加わる勤労動員の学生の尻ポケットから岩波文庫がチラッとのぞくカット、まさに代表作「肉弾」に通じる"岡本ワールド"がちょっぴり顔を出したワンシーンでした。
【女性】
岡本版は、女優と言えば、鈴木首相の女中役の新珠三千代たった1人だけ。それも10秒ぐらい。
原田版は、阿南陸軍大臣の家族役、陸相官邸の女中さん役、東京放送局員役など、ずいぶん女優さんが出てくる。
まあ、このへんは「時代」でしょうね。
【ロケ地】
これは、撮影年代が50年ぐらい違うのでやむをえないことですが、私は岡本版の圧勝だと思いました。

岡本版では、重要な舞台である陸軍省(市ヶ谷の自衛隊)、首相官邸、近衛師団司令部(東京国立近代美術館工芸館)、東部軍司令部(第一生命ビル)、これみんなホンモノでロケしています。首相官邸の内部はセットだと思いますけど、記者会見場など一部ホンモノも使っていたような気もします。
ホンモノの陸軍大臣室も何度も登場しますけど、この映画の数年後に、この場所で三島由紀夫が割腹自殺するわけですねぇ・・・。
上に挙げた舞台は、現在では元のカタチで残っていないわけですから、使えないのは仕方のないことです。
それでも、原田版も、ほぼ全編歴史的建造物でのロケで、重厚な雰囲気を出して、頑張っています。
が、やっぱりホンモノにはかないませんね・・・。
陸軍省に見立てた兵庫県庁は、どちらかというと三宅坂時代の陸軍省のイメージですよね。

あと、お寺を陸相官邸に見立てて撮影していましたけれど、どうも違和感がありました。
なにか根拠があるんでしょうかね?
【天皇】
岡本版の昭和天皇は松本幸四郎("王様のレストラン"の幸四郎のお父さん)が演じていますが、昔の映画にありがちな演出で、後ろ姿とか、手元のアップとか、そんなんばっかでほとんど出てきません。
原田版では本木雅弘。

登場回数もセリフも多い。存在感出しまくりです。
私の知る限りでは、ほとんどのセリフは史料に則っていて、創作はないように思えました。
しかし、モックンは上手いですね。あの、ところどころで声が裏返る昭和天皇独特の話し方をよく再現していました。
【黒沢少佐と松坂少佐】
主役級の登場人物、反乱事件を企てる畑中健二少佐。
岡本版では黒沢年男、原田版では松坂桃李でした。

目ん玉ひんむいて絶叫する黒沢少佐も、エキセントリックさが出ててよかったけれど、ただのイケメン俳優と侮っていた松坂少佐もよかったです。
はじめは好青年風で登場しますが、中盤、徹底抗戦を叫ぶ畑中に、阿南陸軍大臣が「もはや御聖断は下ったっ!」と引導を渡すと額に血管浮き立たせて半狂乱となる。

このシーンを境に狂気が前面に出た演技となり、顔色も変えずに近衛師団長を射殺、「おまえ何するんだ!」と咎める仲間たちに「いや、だって、時間がなかったから」とシラっと言う場面、なんか現代のサイコ犯みたいで迫力ありました。

【名場面】
「日本のいちばん長い日」で私のいちばん好きなシーン
ポツダム宣言受諾の手続きがすべて終了し、官邸の一室で休憩する鈴木首相。
そこに阿南陸軍大臣が訪ねてくる。
自分は陸軍を代表する立場上、首相を困らせるような発言もずいぶんしたが、悪意があったわけではないのでお許しください。
そして、葉巻の箱を取り出して
「これは前線部隊が送ってくれたものですが、自分は嗜みませんので、総理に」と差し出し、一礼して出て行く。
その後ろ姿を見送った鈴木首相はポツリと
「阿南君はいとまごいに来てくれたんだね・・・」
阿南陸相は、すでに自殺を決意しており、鈴木にはそのことがわかっていた。
このシーン、新旧両版ともに登場します。
岡本版の鈴木貫太郎は笠智衆、原田版は山崎努
まあ、この手のシーンだったら笠智衆最強でしょう。

阿南君は、いとまごいに来てくれたんだね・・・
原節子を嫁に出す父親みたいに静かにしみじみ
【季節感】
なんせ真夏の話ですから、暑いはずなんです。
岡本版では登場人物みな顔に汗を浮き出させ、奔走する軍人たちは軍服の背中をグッショリと汗で濡らしています。扇風機も回っている。
これに対して、原田版に季節感をあまり感じないのは私だけでしょうか。
まあ、何か意図があってのことなのでしょうが・・・